今や誰もがデジタル配信で楽曲をリリースできる時代、レコード会社を通さない。自主制作リリースは増えているのだが、メジャーレコード会社からのリリースは減っている。
これは、みんなが自主制作を選んでいるからというわけではなく、音楽業界も世間並み(いや、それ以上?)に不況の影響を受けているからだろう。新人は、デビューしにくくなっているし、プロモーションもあまりしてもらえないから、ヒットする確率も低くなっている気がする。
こういう閉塞感の強い状況は、周期的にあるわけで、そういうときはインディー・シーンが地道に盛り上がっていく。
そんなことを考えているうちに、自分の次にやりたいことが見えてきた。
遅くとも初夏までには、何かアナウンスしたいと思っているので、よろしくお願いします。
数ある音楽賞の中でも圧倒的に権威があるのは、やはりグラミー賞。
まさにアメーリカーな感じなので、僕にはちょっとピンとこない部分もあるけれど、Phoenixが受賞したのは、ちょっと嬉しかった。
一番残念だったのは、MGMTがBest New Artistにならなかったこと。やっぱりアメリカにはアメリカの土地柄があるんだなぁって、すごく感じてしまった。
こういうイベントは、音楽の本質とはあまり関係ないけれど、人々の関心を音楽に向けさせるという意味では大きな力を持っている。そこにグラミー賞の存在価値があるのだと思う。
とりあえずiLOUDに結果をまとめてみたので、気になる方は、チェックしてみてください。
「LOUDは何の雑誌ですか?」と、たまに聞かれることがある。サブタイトルには、RADICAL MUSIC & CLUB CULTURE MAGAZINEと入っているのだが、それでは分かりにくいのかもしれない。
要は“革新的要素のある、旬の音楽を紹介する雑誌=今一番カッコイイ(とうちが思う)音楽を紹介する雑誌”なのだが、これがロック雑誌とかパンク雑誌とか、昔からあるジャンル概念に当てはまらないので、理解できないのだろう。しかも、“革新的要素”はロックにもクラブミュージックにもJ-POPにもあるから、ジャンルを前提に音楽を聴いている人には、LOUDの特徴がよく分からないのだ。これは理解できる。
しかし、考えてみて欲しい。
みんな、そんなにジャンルなど意識して音楽を聴いているだろうか?
あるリスナーのiPodに、ビヨンセとフランツが一緒に入っているのは、よくあることだと思う。そこにリンキン・パークとデヴィッド・ゲッタが入っていても、僕はまったく驚かない。
逆に、フランツとクラクソンズの入っているiPodに、ビートルズやレッド・ツェッペリンが入っているほうが、不思議に思えるのだ。
ジャンルは、あくまで便宜上のタグだから、それをメインに考えると本質を見失うことになる。ジャンルよりも、音楽の世代感や、現時点における革新性のほうが、現代のリスナーにとっては重視されるべきポイントだろう。
リスナーの音楽に対する姿勢は、年々オープンになっていると感じる。アーティストは、それよりさらにオープンで、今やジャンル分けしようとしても無理なアーティストは多い。LOUDは、そんな時代に対応した音楽専門誌でありたいと思っている。
Nadastrom Video Promo from System D-128 on Vimeo.
Nadastromには、大沢伸一さんも注目中。作風の一貫性は、あまりないような気もしますけど、これはSystem D-128制作のPVがおもしろいのでご紹介。
LOUD/iLOUDの編集ポリシーに、「できるだけネガティブな言葉を使わない」というものがあります。すべての言葉には、なんらかの言霊があると感じるからです。
お釈迦様の名言で、
「ある人が贈り物を持ってきたとして、それを相手が受け取らなかったら、その贈り物は誰のものになるだろう?」
というのがあります。つまり、自分の発する言葉には、責任を持たなくてはならないのです。
今朝、フジテレビを見ていたら、ハイチ地震の救援状況報道と寄付受付の告知がされていた。報道機関たるもの、それが当然の姿であると思う。昨晩、某局のダメダメぶりを見てしまったばかりだったので、ちょっと安心した。
ニュース番組の使命が、報道ではなく、世論誘導になってしまったら、放送局としては終わりではないか。
そんなことを最近、よく思う。
ネット上のニュースにも、世論誘導的だと感じさせるものが多い。
このブログで何度も書いているが、事実と推測(憶測)の区別ができないと、世の中は正しく見られない。
それは音楽でも同じで、音楽雑誌の内容にも、事実とライターの主観が入り乱れている。
いかなる状況でも、重く見るべきは、事実なのだ。
カリブ海のハイチで12日、大地震が起き、被災者300万人、死者20万人と推計されている。大惨事としか言いようがない。
この事態を受けてiTunes Storeが寄付金の受付を開始した。一私企業であるAppleから、正しく全寄付金が米国赤十字に届けられ、それが正しくハイチの被災者のために使われるか、という疑問はこういうとき出がちだが、そういうことを考えている場合ではない。同じ人間どうし、良心に従った行為がつながっていくと信じるしかないのだ。それだけ事態は深刻なはずなのだが、日本での報道ぶりには疑問を抱かずにはいられない。
さっき見たニュースでは、どっかの国とどっかの国がカリブ地域での権力争いのために、寄付金合戦をしているようなことを言っていた。そりゃそうなのかもしれないが、それはそもそも推測の話だろう。社説として、記名原稿にでもしたらどうか。
第一に報道すべきは、引き続き現地の状況と、寄付、援助の方法ではないのか? 自然災害で、これほどの被害が出ているのに、メジャーな報道機関には人の心がないのだろうか?
たとえ話だが、溺れている人がいるのに、いろんな疑いや策略まで考えていたら、溺れている人は死んでしまうだろう。
iTunes Storeは、どっかの放送局よりよっぽど温かい心を持っていると、心底思ってしまった。
おととい、海外は一斉に動き出したので、iLOUDの更新で一日つぶれてしまったのだが、今朝はほぼノーニュースだった。こういう日は珍しい。
マドンナ新作のニュースも、まだiLOUD_EDITORSのTweetレベルだと思ったので、記事にはせず、Tweetにした。
iLOUDやLOUDにおける僕の仕事は編集だから、そういう取捨選択には気を使っている。
雑誌もサイトも大事なのは独自性なのだと思うし。
で、そこに力を入れていると、放置せざるを得ない部分が出てくる。僕の場合、それはmixiと、自分の個人名Twitterだった。Twitterのほうは、iLOUD_EDITORSアカウントのほうに、ほとんど書いちゃってるし、mixiは、なんとなくデザイン的に好きじゃないので放置になってしまった。むしろ時間があったらFacebookのほうに力を入れたい。知り合いの外国人とコンタクトするには、メールより便利だと思うこともあるからだ。
とりあえず、ネットのインフラを全部使いこなそうとするのは無理。自分にあってるのだけ、使っていこうと思う。
あけましておめでとうございます
昨年は大変お世話になりました。ありがとうございました。
なんて、今頃言っておりますが、iLOUDでは、ちゃんと元日にごあいさつ記事を書いたんで、お許しください。
今、iLOUDの記事やiloud_editorsのTwitterは、7割方僕が書いています。特集やインタビュー記事の編集は雨宮と鳥村。クラブリストは雨宮と、藤本さんがやってくれてます。
iLOUDを作るのは、なかなか大変な仕事ですが、やりがいもあります。
これも、LOUDという本体があるからできることなので、LOUDのほうも皆様よろしくお願いします。
僕は事務的な仕事をするとき、ロックやクラブミュージックやポップではなく、モーツァルトを聴いていることが多い。特にクラシックが好きというわけではないのだが、耳や脳の別のところに響くし、なんだか安らかな気持ちになるからだ。
音楽家には、様々な音楽を創る人がいるが、その仕事内容は、頭の中にあるものを“音”という目に見えない形にすることで共通している。
その過程で、天界と交信する人もいるだろうし、己のドロドロした欲望と交信する人もいるだろう。これは、極めていくと、いずれのケースでも、かなり危険な領域に足を踏み入れることになる。
日常の恋愛ざたを歌うラブ・ソング程度では、そこには到達しないだろうが、素晴らしい音楽家の多くは、自分の精神の限界点に近いところで仕事をしているはずだ。
そこから生まれる音楽の中には、いつまでも輝きを失わないものがある。新譜至上主義者の僕も、そう認めざるを得ない音楽が、この世にはある。